あるあるトラベル

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世界ふしぎ発見非公認ミステリーハンターが世界を放浪

【インド】デリーの空港からニューデリーへ

ネパールからインドのデリーへ飛行機でやってきた。

前回記事

www.alaltravel.net

 

タクシー運ちゃん

インドの空港を出ると、さっそくタクシーの運転手に囲まれた。

どこいくの?どこいくの?どこいくの?どこいくの?どこいくの?

特に宿の予約もなくインドやってきて、どこへと連呼され、ニューデリー駅前にあるメインバザールで適当に宿を探そうと思っていたので、メインバザールと言うと、オッケーカモン。とお前のタクシーには乗らないぞ。

「電車かバスで行くんだ。」

「メインバザールに行くバスはないし、電車は予約してないと乗れないぞ。」

「そんなわけあるか。」

かなりしつこいですが、電車は普通に乗れるので、電車の駅へ向かいましょう。

運ちゃん達がしつこすぎて写真は撮ってないが、「Train」とか分かりやすい看板はあったので、それに向かって行こう。

ずっと断っていたら、しょうがないから100ルピー(170円)でいいよ。と言ってきた運ちゃんがいたが、それに乗っていたら本当に100ルピーで行ってくれたかは謎である。きっとなんか文句をつけてもっととられるに違いない。

メトロだと60ルピー(102円)で約30分でニューデリー駅まで行くことができる。

駅にカウンターがあるので、ニューデリーと言うと60ルピーと言われるので、お金を払うと写真のようなコインをくれる。

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改札に入るときはコインをSUICAのようにタッチして、出るときはコインを入れるところがあるので、そこへ入れよう。

 

ニューデリー

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ニューデリー駅を出て振り返るとなかなか立派な駅だった。

ニューデリーとは

アジア有数の大都市である。2014年アメリカのシンクタンクが公表したビジネス人材文化政治などを対象とした総合的な世界都市ランキングにおいて、世界第57位の都市と評価されており、インドではムンバイに次ぐ第2位であった[2]。 イギリス領時代の1911年コルカタからデリーにインドの行政府所在地が移された。その際に、デリー市街(現オールドデリー)の南方約5km程の場所に行政都市として建設されることとなった。これがニューデリーの始まりである。都市計画はイギリス人エドウィン・ラッチェンスによって行われた。道路は整然と配置され、沿道は大きく育った街路樹と庭園の緑に包まれている。また、建物もイギリス植民地様式が多くなっている。街の東西の軸がラージパト(Rajpath, 「王の道」の意)と呼ばれる大通りである。これはインド門(India Gate, 第一次世界大戦出征記念碑)から大統領官邸(Rashtrapati Bhavan)まで続いている。両者を焦点として放射状に街路が延びている。コンノートプレイスは放射状街路が作り出すもう一つの焦点であり、商業業務の中心となっている。

ニューデリーはインド独立後はインドの首都となり、国会議事堂や中央官庁、大使館街もニューデリーに集中している。

現在ではデリー大都市圏は大きく拡大し、行政機構改革によってオールドデリーニューデリーもその中心部を構成する一地区となっている(首都機能が移転したわけではない)。そのため、日本2002年に発行された『世界の国一覧表』(編集発行・世界の動き社、編集協力・外務省)では、インドの首都が「ニューデリー」から「デリー」に修正され、この変更が文部科学省学習指導要領にも反映されているため、教育現場ではインドの首都は「デリー」と指導されるようになった[3][4]。ただし日本の外務省のサイト[5]、インド政府の公式サイト[6]国連の地名標準記法一覧表においては[7]、首都は「ニューデリー」と表記されている。ニューデリーと同様に従来の首都が拡大した都市圏の一部に包摂された事例としては、南アフリカ共和国の行政首都とされるプレトリアツワネ都市圏の関係がある。

引用元:Wikipedia

 

ニューデリー駅に出ると、メインバザールらしきものがない。

メトロ(新しい電車)と昔からの鉄道駅があり、昔からの駅の西側の出口の前にある。これが昔からの鉄道駅である。

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その西側へ行くには鉄道の駅の中を通って行かなければならない。一苦労したが、嘘つきの多いインド人のなかにも親切に教えてくれる人を見つけ、なんとかたどり着いた。

駅の中は通れないからリキシャに乗れとか、許可証を買えとか言われますが、そういう奴らは無視して結構。

駅の上のほうを通って西側に出ればメインバザールはすぐだ。

左の写真の青いゲートの方に向かうと、右の写真のような看板が見えてくる。

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メインバザール

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字のごとくメインのバザールである。数多くのお土産屋さんやレストラン、宿、ボッタクリ旅行会社などが存在する。

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着いた瞬間、うおーここがインドか!ここがメインバザールか!

 

とはならなかった。なんか聞いたりイメージしていたインドとは違った。バンコクのきたなうるさい版かな?と思った。

とにかく歩いていると、宿の呼び込みが多いので何人かに聞くと、800ルピー(1360円)とか1000ルピー(1700円)と高い宿ばかりだった。

適当や宿に入り値段を聞くと、ドミトリーでもそこそこ高い。

安いところはないかと思っていたら、個室で1泊500ルピー(850円)のところがあった。

さっき行ったドミトリーより安いなと、そこへ入った。

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まとめ

メインバザールに少し物足りなさがあった。

そしてインドに来てさっそく悪いやつらに話かけられまくりで、インド人は嘘つきばっかりなのかと思ってしまうほど。しかしそれでこそインドだなと、楽しさも感じたのは事実だ。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。